2016年、周期表に日本発の元素名が初めて書き込まれました。113番元素「ニホニウム(Nh)」です。
ただ、そこまでの道のりは想像以上に過酷でした。理化学研究所のチームが確認できたのは、10年近くかけてたったの3個。しかも、できた原子は1000分の2秒ほどで別の元素に変わってしまいます。
この記事では、ニホニウムがどんな元素なのか、どうやって作るのか、なぜ3個しかできなかったのか、そして日本の科学に何を残したのかを、専門用語をかみ砕いてやさしく解説します。
ニホニウムとは?まずは基本プロフィールをチェック
はじめに、ニホニウムがどんな元素なのかを表で確認しておきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 元素記号 | Nh |
| 原子番号 | 113 |
| 周期表での位置 | 第7周期・第13族(アルミニウムやガリウムと同じ縦の列) |
| 天然での存在 | なし(人工的に合成するしかない) |
| 発見チーム | 理化学研究所・森田浩介グループ |
| 合成に成功した回数 | 3回(2004年・2005年・2012年) |
| 寿命 | ニホニウム278の平均寿命は約2ミリ秒 |
| 命名権の獲得 | 2015年12月30日(日本時間31日) |
| 正式な命名 | 2016年11月30日 |
アジアで初めて、周期表に名前を書き込んだ元素
元素の種類は、原子の中心にある原子核に入っている陽子の数で決まります。この数が原子番号で、ニホニウムは113個です。
長い元素発見の歴史のなかで、欧米以外の国のグループが新元素を発見し、名前をつけたことは一度もありませんでした。ニホニウムはアジア初、そして日本初の快挙です。
周期表では第13族、つまりアルミニウムやガリウム、タリウムと同じ縦の列に入ります。ただし理論計算で性質が予想されているだけで、実際に化学的な性質が詳しく調べられたわけではありません。
「ニホニウム」という名前の由来
名前はそのまま「日本(Nihon)」から取られました。森田グループが、長年応援してくれた日本の人たちのことを思って提案した名前です。
じつは候補はほかにもありました。理研の新元素合成計画は1990年代後半に「ジャポニウム計画」と名づけられていたため、「ジャポニウム(Jp)」が最有力と見られていたのです。研究所のある和光市にちなむ「ワコニウム」、旧地名からの「ヤマトニウム」、日本の物理学の父といわれる仁科芳雄にちなむ「ニシナニウム」なども挙がっていました。海外の科学誌のブログでは、天照大神やゴジラにちなんだ名前まで予想されていたほどです。
なお、正式な名前が決まる前の仮の名前は「ウンウントリウム(Uut)」でした。これは数字の「1・1・3」を表す言葉をつなげただけの、番号札のような呼び名です。
使いたくても使えなかった「ニッポニウム」
日本らしい名前として真っ先に思いつく「ニッポニウム(Np)」は、最初から候補に入れられませんでした。
1908年、日本の化学者・小川正孝が43番元素を発見したとして「ニッポニウム」と発表しましたが、のちに認められず取り消されてしまった過去があるためです。IUPAC(国際純正・応用化学連合)のルールでは、一度取り消された名前は混乱を避けるために再利用できません。
ちなみに後年の再調査では、小川が手にしていたのは43番元素ではなく、当時まだ未発見だった75番元素レニウムだった可能性が高いとされています。ニッポニウムは、あと一歩で日本初の元素になり損ねた「幻の名前」なのです。
天然には存在しない人工元素
ニホニウムには安定した同位体がなく、地球上に天然には存在しません。原子核が不安定で、できてもすぐに崩壊してしまうからです。
これまでに見つかっている同位体は、質量数278と282〜286のもの。いずれもアルファ崩壊によって、より軽い元素へと変わっていきます。
ニホニウムの作り方|亜鉛とビスマスを「ぶつけて合体」させる
自然界にない元素を作る方法は、オガネソンなどの超重元素と同じです。軽い原子核を加速して重い原子核にぶつけ、ごくまれに起きる合体を待ちます。
材料は「亜鉛70」と「ビスマス209」
ニホニウムの合成に使われたのは、次の2つです。
- 弾丸になる元素:亜鉛70(原子番号30)
- 標的になる元素:ビスマス209(原子番号83)
陽子の数を足すと、30+83=113。ちょうどニホニウムの原子番号になります。質量数では70+209=279で、合体した直後に中性子を1個だけ放り出して、質量数278の「ニホニウム278」になります。
興味深いのは、材料が意外と身近なことです。ビスマスは胃腸薬や化粧品にも使われる金属ですし、亜鉛も乾電池やサプリでおなじみ。弾丸に使う亜鉛70は天然の亜鉛に0.6%ほどしか含まれない同位体なので濃縮は必要ですが、特殊な原子炉でしか作れないカリホルニウムのような材料は使いません。
合成の流れを4ステップで解説
- 標的を準備する:ビスマスを薄い膜のように加工して標的をつくります。
- ビームを加速する:RILAC(ライラック)という大型の線形加速器で、亜鉛70の原子核を光の速さの約10%(秒速およそ3万km)まで加速します。
- ぶつけて合体を待つ:1秒間に約2兆5000億個という猛烈な数の亜鉛を、ビスマスに撃ち込み続けます。
- より分けて検出する:GARIS(ガリス)という分離装置で、できた原子核だけを大量のビームからより分け、検出器に打ち込んで崩壊を記録します。
あえて難しい「冷たい核融合」を選んだ理由
ニホニウムの合成法は「冷たい核融合」と呼ばれます。中くらいの重さの原子核どうしをぶつける方法で、合体した原子核が熱を持ちすぎないのが特徴です。中性子を1個放り出すだけで落ち着きます。
一方、114番から118番までの元素(オガネソンを含む)で使われたのは「熱い核融合」です。ウランより重いアクチノイドという元素を標的にするため成功率は高いのですが、できる原子核は中性子が多く、崩壊の途中で自発核分裂を起こしやすくなります。
ここが重要なポイントです。新元素の発見には「崩壊の足あとが、すでによく知られている原子核までつながること」という大原則があります。途中で核分裂して足あとが途切れてしまうと、状況証拠どまりになってしまうのです。
理研はあえて成功率の低い冷たい核融合を選び、確実な証拠を狙いました。その代償が「10年近くでたった3個」という、気の遠くなる道のりでした。
たった3個|長い実験の記録
1個目:2004年7月23日
最初の1個が検出されたのは2004年7月23日でした。この実験では80日間にわたって、亜鉛の原子核をビスマスに約1.7×10¹⁹回、つまり1700京回も撃ち込んでいます。
できたニホニウム278は、わずか344マイクロ秒(100万分の344秒)でアルファ線を出して崩壊し、111番元素レントゲニウムに変わりました。
2個目:2005年4月2日
2個目は翌2005年4月2日に検出されます。ここまでは順調に見えましたが、このあと長い沈黙が続きました。
理研は2006年と2007年に発見を申請しましたが、認定は見送られます。2011年に出たIUPACとIUPAP(国際純粋・応用物理学連合)の合同作業部会の報告書でも、113番元素の認定は見送られました。その一方で、米露のグループは114番元素と116番元素の発見を認められています。
3個目:2012年8月12日が決定打に
流れを変えたのが、2012年8月12日に検出された3個目でした。この1個が特別だったのは、崩壊の足あとが最後までつながったからです。
過去2例では、4回目のアルファ崩壊でできるドブニウム262が自発核分裂してしまい、足あとが途切れていました。ところが3個目では、そのドブニウム262がアルファ崩壊し(起きる確率は3分の2)、続くローレンシウム258もアルファ崩壊して、メンデレビウム254に到達したのです。
6回連続のアルファ崩壊が、すでによく知られた原子核まできれいにつながりました。これによって「最初にそこにいたのは113番元素だった」と証明できたのです。しかもこの成功は、その年の審査が進んでいる最中の出来事でした。
のべ575日、10の20乗個の亜鉛
一連の実験で、亜鉛ビームを当て続けた時間は合計で約575日にのぼります。1秒間に2兆5000億個というペースで照射し続けた計算なので、単純に掛け算すると、ぶつけた亜鉛の数は10の20乗個(1垓個)を超えます。
それだけやって、得られたのは3個。実験は24時間体制で行われました。
命名権をめぐる日露の争い
ライバルもいました。2003年、ロシアのドゥブナ合同原子核研究所とアメリカのローレンス・リバモア国立研究所の合同チームが115番元素の合成に成功し、その崩壊の途中で113番元素を観測したと2004年2月に発表していたのです。理研の発表よりも前でした。
決着がついたのは2015年12月30日(日本時間31日早朝)。IUPACは、3個の合成と崩壊系列による証明を成し遂げた理研のグループに、113番元素の命名権を与えました。
その後、2016年3月に名称案が提出され、6月8日に「nihonium(ニホニウム)」「Nh」という案が公表されます。約5か月の意見公募を経て、2016年11月30日に正式決定しました。
ニホニウムの寿命はどれくらい短い?
理研の発表によると、ニホニウム278の平均寿命は約2ミリ秒、つまり1000分の2秒です。半分が崩壊するまでの時間(半減期)に直すと約1.4ミリ秒で、オガネソンの半減期(約0.7ミリ秒)の2倍ほどということになります。
実際、1個目の原子が崩壊するまでの時間は344マイクロ秒でした。まばたき1回が約0.1〜0.15秒ですから、その300分の1以下の一瞬です。
ただし、ニホニウムの仲間(同位体)のなかには、もっと長生きするものもあります。今わかっているうちでいちばん長いのはニホニウム286で、半減期は約20秒。さらに、まだ見つかっていないニホニウム287は約20分と予測されています。原子核は中性子が多いほうが安定しやすいという「安定の島」の考え方と合う結果です。
ニホニウムとオガネソンはどう違う?比較表でチェック
同じ人工の超重元素でも、ニホニウムと118番元素オガネソンでは、作り方も証拠の集め方もかなり違います。ここまでの内容を、表で整理しておきましょう。
| 項目 | ニホニウム(113番) | オガネソン(118番) |
|---|---|---|
| 発見したチーム | 日本・理化学研究所 | ロシアとアメリカの共同チーム |
| 材料 | ビスマス209+亜鉛70 | カリホルニウム249+カルシウム48 |
| 材料の入手しやすさ | 比較的入手しやすい | 特殊な原子炉でミリグラム単位しか作れない |
| 合成の方法 | 冷たい核融合 | 熱い核融合 |
| 確認された原子の数 | 3個 | 5個(6個の可能性あり) |
| 寿命の目安 | 平均寿命 約2ミリ秒 | 半減期 約0.7ミリ秒 |
| 決め手になった証拠 | 崩壊の足あとが既知の原子核までつながった | 足あとは途中で途切れ、別の実験で裏づけ |
| 周期表での位置 | 第7周期・第13族 | 第7周期・第18族(貴ガス) |
| 名前の由来 | 日本(Nihon) | オガネシアン博士 |
いちばん大きな違いは、合成の方法と、そこから生まれる証拠の性格です。ニホニウムは成功率の低い冷たい核融合で、「足あとが最後までつながる」という決定的な証拠を取りにいきました。一方のオガネソンは成功率の高い熱い核融合で原子の数をかせぎ、崩壊の途中で現れる元素を別の実験で確かめることによって裏づけを積み上げています。
材料の事情も対照的です。ニホニウムの材料が身近な金属なのに対して、オガネソンの標的に使うカリホルニウムは、限られた施設でミリグラム単位しか作れない超貴重な物質。オガネソンの費用が跳ね上がる理由のひとつです。
そして、この2つは兄弟のような関係でもあります。2015年末に113番・115番・117番・118番の発見がまとめて認定され、2016年に4つの名前が同時に決まりました。これで周期表の7段目(第7周期)の空白はすべて埋まり、仕上げとなった4つの元素の先頭がニホニウム、最後がオガネソンということになりました。オガネソン側の詳しい話は以下の記事でまとめています。
→、【初心者向け】オガネソンとは?作り方・希少性・なぜ超高コストなのかをやさしく解説
ニホニウムは何かに使えるの?
残念ながら、実用的な使い道はありません。世界で3個しか作られておらず、しかも一瞬で消えてしまうからです。性質を測る実験さえ、ほとんどできていません。
では、何のために10年近くも巨大な装置を動かし続けたのでしょうか。その答えは、ニホニウムが日本に残したものを見るとよくわかります。
それでもニホニウムが残した3つのもの
周期表にアジア初の名前が載った
周期表は、人類が長い時間をかけて積み上げてきた知識の地図であり、これからも世界中の教科書に載り続けます。そこに日本発の元素名が刻まれたことは、「元素周期表に日本発の名前を書き込む」という日本の科学者の長年の夢がかなった瞬間でもありました。
世界最高水準の装置と技術が育った
発見を支えたGARISや、崩壊を一つひとつ追いかける検出器は、森田グループが自分たちで設計・製作したものです。こうした装置づくりのノウハウと、10年近く実験をやり抜いた経験は、そのまま次の研究の土台になっています。
次は119番元素へ
理研は現在、119番元素の合成に挑戦しています。今度はバナジウムのビームをキュリウムの標的に当てる方法です。成功すれば周期表に第8周期が始まり、ニホニウムに続く2つ目の日本発の元素が生まれることになります。
あわせて読みたい:
【初心者向け】オガネソンとは?作り方・希少性・なぜ超高コストなのかをやさしく解説
豆知識|ニホニウムにまつわる話
埼玉県和光市には「ニホニウム通り」があります。和光市駅から理研までの約1.1kmの歩道に、原子番号順に元素記号のプレートが埋め込まれていて、理研の前にはニホニウムの大きなプレートが置かれています。散歩しながら周期表をたどれる、世界でもめずらしい道です。
また、2017年3月14日には日本学士院会館で命名記念式典が開かれ、当時の皇太子さま(現在の天皇陛下)が出席するなか、IUPACの会長が命名を宣言しました。
ニホニウムに関するよくある質問
Q. ニホニウムはどんな見た目なの?
わかっていません。実物を見た人はおらず、色や手ざわりを確かめる方法もありません。第13族なので金属的な性質を持つと予想されてはいますが、あくまで理論上の話です。
Q. なぜ3個で発見が認められたの?
数ではなく、証拠の質が決め手になりました。3個目で、崩壊の足あとがすでによく知られた原子核(メンデレビウム254)まで途切れずにつながったことが、何よりの証明になったのです。
Q. 日本人が発見した元素はほかにもある?
正式に認められているのはニホニウムだけです。1908年に小川正孝が発表した「ニッポニウム」は取り消されましたが、後年の再調査で、実は75番元素レニウムを世界に先がけて手にしていた可能性が高いとされています。
まとめ
最後に、この記事のポイントをおさらいしておきましょう。
- ニホニウムは原子番号113の人工元素で、日本が発見・命名したアジア初の元素
- 亜鉛70をビスマス209にぶつけて合体させる「冷たい核融合」で合成する
- 10年近い実験で確認できたのは、2004年・2005年・2012年のたった3個
- ニホニウム278の平均寿命は約2ミリ秒で、まばたきの100分の1以下の一瞬
- 3個目で崩壊の足あとが既知の原子核までつながったことが、発見の決定打になった
ニホニウムそのものに使い道はありません。それでも、周期表に刻まれた「Nh」の2文字は、地道な実験を10年近く続けた人たちの記録であり、これから科学を志す人へのメッセージでもあります。
理研の挑戦は119番元素へと続いています。周期表の空白が次に埋まるとき、そこにまた日本の名前が並ぶかもしれません。
