病院で「骨シンチ」や「心筋シンチ」という検査を受けたことがある人は、知らないうちにこの元素のお世話になっています。43番元素テクネチウムです。
テクネチウムは、人類が初めて人工的に作り出した元素。地球上にはほとんど存在せず、長いあいだ周期表にぽっかり空いた「穴」でした。その穴を埋めようとして、多くの科学者が幻の発見を報告しては消えていったという、ドラマのある元素でもあります。
この記事では、テクネチウムがどんな元素なのか、なぜ地球にないのか、どうやって作られ、なぜ今あなたの近くの病院で毎日使われているのかを、専門用語をかみ砕いてやさしく解説します。
テクネチウムとは?まずは基本プロフィールをチェック
はじめに、テクネチウムがどんな元素なのかを表で確認しておきましょう。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 元素記号 | Tc |
| 原子番号 | 43 |
| 周期表での位置 | 第5周期・第7族(マンガンとレニウムの間) |
| 見た目 | 銀灰色の金属(白金に似た外観) |
| 天然での存在 | ウラン鉱石などにごく微量のみ |
| 安定同位体 | なし(すべての同位体が放射性) |
| いちばん長い半減期 | テクネチウム97の約421万年 |
| 医療で使う同位体 | テクネチウム99m(半減期6時間) |
| 発見 | 1937年、カルロ・ペリエとエミリオ・セグレ |
| 名前の由来 | ギリシャ語のtechnetos(人工の) |
すべての同位体が放射性の元素のうち、いちばん軽い
元素の種類は、原子核に入っている陽子の数(原子番号)で決まります。テクネチウムは43個です。
この元素の特徴は、安定な同位体をひとつも持たないこと。どの同位体もいずれ壊れてしまいます。そして、そうした元素のなかでもっとも軽いのがテクネチウムです。
さらに珍しいのは、周期表での立ち位置です。前後を安定な元素に挟まれているのに自分だけ放射性、という元素は、テクネチウムと61番のプロメチウムの2つしかありません。左どなりの42番モリブデンにも、右どなりの44番ルテニウムにも安定同位体があるのに、43番だけが例外なのです。
なぜ43番だけ安定同位体がないの?
原子核の中では、陽子も中性子も2個ずつペアを組むと安定しやすいという性質があります。そのため陽子が奇数の元素は、どうしても1個が余ってしまい、安定同位体の種類が少なくなりがちです。実際、陽子が奇数の元素のほとんどは、安定同位体を1〜2種類しか持っていません。
そこにもうひとつ、「質量数が同じで原子番号が隣どうしの核種は、両方そろって安定ではいられない」という経験則が重なります。43番のまわりは、42番モリブデンと44番ルテニウムの安定同位体ですでに席が埋まってしまっていて、テクネチウムの分が残らなかった。ざっくり言えば、そういう事情です。
名前の意味は、そのまま「人工の」
「テクネチウム」という名前は、ギリシャ語で「人工の」を意味するtechnetosから来ています。英語のtechnology(テクノロジー)と同じ語源をもつ言葉です。
人類が初めて人工的に作り出した元素だから、この名前がつけられました。命名は発見から10年後の1937年ではなく、1947年のこと。発見者が所属していたパレルモ大学は、パレルモのラテン語名にちなんだ「パノルミウム」という名前を推していたという逸話も残っています。
なぜ地球にほとんど存在しないのか
テクネチウムの同位体でいちばん長生きなものでも、半減期は約421万年です。一見長いようですが、地球が誕生したのは約46億年前。半減期1000回分以上の時間が流れています。
半減期を10回過ぎると残りは約1000分の1、20回で約100万分の1。1000回ともなれば、地球ができたときにあったテクネチウムは、原子1個すら残っていないと考えてよい計算になります。
とはいえ、まったくのゼロではありません。ウラン鉱石の中では、ウランが自然に壊れる「自発核分裂」によって、今この瞬間もごくわずかに作られています。その量はウラン1kgあたり約1ナノグラム(10億分の1グラム)ほど。1962年には、ベルギー領コンゴ産のウラン鉱石から実際にテクネチウム99が検出されました。
周期表の「穴」をめぐる、幻の発見者たち
テクネチウムの歴史は、発見されるまでの空白の時間がとにかく長いのが特徴です。
メンデレーエフの予言「エカマンガン」
1871年、ロシアの化学者ドミトリ・メンデレーエフは、自分の作った周期表に空白があることに気づいていました。42番モリブデンと44番ルテニウムのあいだです。
彼はそこに入る未知の元素を「エカマンガン」と呼び、マンガンによく似た性質を持つはずだと予言しました。エカはサンスクリット語で「1」を意味し、マンガンのひとつ下という意味です。
周期表に空いた穴のなかでも、この43番は比較的見つけやすいはずだと考えられていました。ところが実際には、ここが最後まで埋まらない難所になります。理由は単純で、探しても地球上にないからでした。
1925年の「マスリウム」
1925年、ドイツのヴァルター・ノダックらのチームが、43番元素を発見したと発表し「マスリウム」と名づけました。鉱石に電子線を当て、X線のスペクトルにかすかな信号を見つけたという報告です。
しかし、ほかの研究者が同じ実験をしても再現できず、この発見は誤りとして退けられました。後年の研究でも、彼らが調べた鉱石に含まれていたはずのテクネチウムの量は、当時の装置ではとうてい検出できない微量だったことが示されています。
1908年、日本の「ニッポニウム」
じつは日本にも、43番元素の発見を報告した化学者がいました。1908年に「ニッポニウム」を発表した小川正孝です。
この発見も認められませんでしたが、話はそこで終わりません。後年の再調査によって、小川が手にしていたのは43番元素ではなく、当時まだ未発見だった75番元素レニウムだった可能性が高いとされています。つまり彼は、世界に先がけて新元素を手にしていたのに、周期表の置き場所を間違えていたことになります。
この「ニッポニウム」という名前が一度取り消されたことは、100年後に日本が113番元素を命名するときにも影響しました。その顛末は、以下の記事でくわしく紹介しています。
→【初心者向け】ニホニウムとは?日本が発見した113番元素をやさしく解説
1937年、郵便で届いたモリブデン箔
長い空白に終止符を打ったのは、イタリアの物理学者エミリオ・セグレでした。
1936年、セグレはアメリカを訪れ、カリフォルニアの研究所でサイクロトロン(円形の加速器)を発明したアーネスト・ローレンスに会います。そこでセグレは、放射線を浴びて使えなくなった装置の部品を譲ってほしいと頼み込みました。
ローレンスは約束どおり、サイクロトロンの部品だったモリブデンの箔をイタリアへ郵送します。この箔は、重水素の原子核(重陽子)を浴び続けたものでした。原子番号42のモリブデンに陽子が1個加われば、43番元素になります。
セグレは化学者カルロ・ペリエと組み、パレルモ大学でこの箔を徹底的に分析しました。何段階もの分離と精製を重ね、箔に残った放射能が43番元素によるものだと、ほかの可能性をひとつずつ消していく形で突き止めたのです。1937年のことでした。
このとき取り出せた量は、100億分の1グラムほどだったと伝えられています。目で見ることも、天びんで量ることもできない量。それでも、周期表に70年近く空いていた穴が、ついに埋まりました。
なお、人工的に作られた元素という点では、118番オガネソンのような超重元素もテクネチウムの後輩にあたります。
あわせて読みたい:
【初心者向け】オガネソンとは?作り方・希少性・なぜ超高コストなのかをやさしく解説
星が作っていた|1952年、天文学を変えた発見
テクネチウムの物語には、もうひとつ大きな山場があります。
1952年、アメリカの天文学者ポール・メリルが、S型と呼ばれる赤色巨星の光を分析していて、テクネチウムのスペクトル線を見つけたのです。
これは大事件でした。テクネチウムの寿命は長くても数百万年。星が生まれたときからあったものなら、とっくに消えているはずです。それが今も光っているということは、その星が自分でテクネチウムを作り続けている証拠にほかなりません。
当時、重い元素が星の中で作られているという説は、まだ仮説の域を出ていませんでした。テクネチウムの検出は、その説を裏づける強力な証拠となり、恒星内部の元素合成という考え方を一気に前進させたのです。
地球にはほとんど存在しない元素が、はるか遠くの星では今も生まれている。テクネチウムは、そんな不思議な立ち位置の元素でもあります。
じつは病院で毎日使われている|テクネチウム99m
ここまで読むと縁遠い元素に思えるかもしれませんが、テクネチウムは医療の現場でとてもよく使われています。主役は「テクネチウム99m」という同位体です。
半減期6時間、ガンマ線だけを出す優等生
99mの「m」は、準安定(metastable)を意味します。エネルギーの高い状態でいったん止まっている原子核、というイメージです。
この状態から、140キロ電子ボルトのガンマ線を1本出して、ふつうのテクネチウム99に落ち着きます。このガンマ線は体の外まで届くので、専用のカメラでとらえれば、薬が体のどこに集まっているかを画像にできます。
検査に使う放射性物質として、99mTcは非常に優秀です。体に負担の大きいベータ線を出さず、ガンマ線だけを出すこと。半減期が6時間と短く、24時間もすれば約94%が減衰してしまうこと。そして、さまざまな化合物にくっつけられるので、骨、心臓、甲状腺、肺、肝臓、腎臓、腫瘍など、狙った場所へ運べること。99mTcを使った放射性医薬品は50種類以上あります。
「モリブデン牛」から搾り出すしくみ
半減期6時間ということは、工場で作って病院に届けるころには、ほとんど消えてしまうということです。そこで使われるのが、ジェネレーターと呼ばれる装置です。
仕組みはこうです。まず、半減期66時間ほどのモリブデン99を作り、それをカラム(筒状の吸着材)に閉じ込めます。モリブデン99は少しずつ壊れて99mTcに変わるので、必要になったら生理食塩水を流し込み、99mTcだけを溶かし出す。つまり、親核種を病院に置いておいて、そこから子どもを取り出すわけです。
この装置は、乳搾りになぞらえて「モリブデン・カウ(モリブデン牛)」とも呼ばれます。搾ったあとしばらく待てば、また99mTcがたまっていきます。
日本は原料を輸入に頼っている
意外に知られていませんが、日本で使われるモリブデン99は、これまで海外からの輸入に頼ってきました。少し前の調査では、国内の核医学検査は年間180万件以上(PET検査を含む)、そのうちテクネチウム製剤を使った検査は約90万件とされ、日本の消費量はアメリカに次いで世界第2位です。
しかも原料は、半減期66時間の物質。備蓄がききません。主要な製造炉の多くは1960年代に建てられたもので老朽化が進んでおり、2010年にはアイスランドの火山噴火で欧州の空港が閉鎖され、輸入が止まる事態も起きました。
そこで国も動いています。2022年には医療用ラジオアイソトープに関する行動計画がまとめられ、研究用原子炉JRR-3(2021年2月に運転再開)を使い、天然のモリブデン98に中性子を当てる方法で、国内需要の2〜3割を国産化する目標が掲げられました。2025年時点の計画では、可能な限り2027年度末までに国内へ供給を始めるとされています。
もうひとつの顔|核のごみとしてのテクネチウム99
テクネチウムには、医療とはまったく別の顔もあります。
ウラン235が核分裂すると、生成物としてテクネチウム99ができます。その割合は約6%。原子炉を動かしている限り、テクネチウムは自動的に生まれ続けます。実際、地球上にあるテクネチウムの大半は、天然のものではなく原子炉由来です。
問題は、テクネチウム99の半減期が約21万年と長いこと。さらに水に溶けると陰イオンになり、土や鉱物にくっつきにくいため、環境中を移動しやすいという性質があります。セシウムやストロンチウムのように土に吸着してくれないのです。
このため、放射性廃棄物の地層処分ではテクネチウムの扱いが重要な論点になっています。中性子を当てて短寿命のテクネチウム100に変え、安定なルテニウムにしてしまう「核変換」という方法も研究されています。
豆知識|テクネチウムのおもしろい性質
さびを防ぐ力がずば抜けて強いことが知られています。水に過テクネチウム酸カリウムをごく少量(55ppm)溶かしておくと鋼が腐食しなくなり、20年間さびなかったという実験例もあるほどです。ただし放射性物質なので、閉じた設備の中でしか使えず、実用化はほとんど進んでいません。
また、金属のテクネチウムは絶対零度近く(約マイナス266℃)まで冷やすと電気抵抗がゼロになる超伝導体になります。
金属としての見た目は銀灰色で、白金に似ています。融点は約2157℃と高く、地球上では貴重な存在ですが、使用済み核燃料から取り出せば、キログラム単位で手に入る元素でもあります。
テクネチウムに関するよくある質問
Q. 検査で体に入れて大丈夫なの?
医療で使われる99mTcは、半減期が6時間と短く、ガンマ線だけを出すタイプの放射性物質です。体内では水に溶けやすい形になって速やかに排出されます。検査の必要性と被ばく量を比べたうえで、管理された量が使われています。心配なことがあれば、検査の前に担当の医師や放射線技師に確認してみてください。
Q. 「99m」の「m」って何?
準安定(metastable)の頭文字です。テクネチウム99と陽子・中性子の数は同じですが、原子核がエネルギーの高い状態にあります。この余分なエネルギーをガンマ線として放出し、ふつうのテクネチウム99になります。
Q. 自然界でテクネチウムに出会える場所はある?
地球上では、ウラン鉱石の中にごく微量が存在するだけです。ただし空を見上げれば話は別で、S型と呼ばれる赤色巨星の光の中には、今まさに作られているテクネチウムの痕跡が刻まれています。肉眼で見分けることはできませんが、望遠鏡と分光器があれば確認できます。
Q. テクネチウムは買える?
一般には手に入りません。研究用のテクネチウム99は、許可を得た機関が入手できる形になっています。
まとめ
最後に、この記事のポイントをおさらいしておきましょう。
- テクネチウムは原子番号43、人類が初めて人工的に作り出した元素
- 安定同位体がなく、地球が誕生したときの分はすでに消えてしまっている
- 1937年、アメリカから郵送されたモリブデン箔から発見された
- 1952年に赤色巨星で見つかり、星が元素を作っている証拠になった
- テクネチウム99mは核医学検査の主役で、日本の消費量は世界第2位
周期表の空白として100年近く科学者を悩ませた元素が、今では毎日のように病院で使われている。しかもその原料は、遠い国の原子炉から運ばれてくる。
テクネチウムは、「人工の元素」という名前のわりに、ずいぶん私たちの生活に近いところにいる元素なのです。
