日常的な文章作成で、「覚える」と「憶える」のどちらを使うべきか迷ったことはありませんか。 結論から言うと、迷ったときは「覚える」を使えば間違いありません。
「覚える」は常用漢字であり、公的な文書やビジネスメールを含むあらゆる場面で正解とされます。一方の「憶える」は、個人の思い出や心情を強調したいときに使う文学的な表現です。
この記事では、両者の意味の違いや使い分けの基準、うっかり使い間違えやすいポイントを分かりやすく解説します。
「覚える」と「憶える」の決定的な違いと基本ルール
日本語には同じ読み方で異なる漢字が当てられる言葉が多く存在しますが、「おぼえる」もその代表例です。
この2つの漢字の決定的な違いは、常用漢字表に含まれる読み方かどうかという点にあります。
「覚える」は常用漢字表において、訓読みとして「おぼえる」が認められています。
そのため、学校の教科書、新聞、公的な書類、一般的なビジネスメールなど、社会的なルールの下で書かれる文章では、すべて「覚える」と表記するのが原則です。
一方で「憶える」の「憶」という字は、常用漢字表にはありますが、読みとして認められているのは音読みの「オク」のみです。
訓読みの「おぼえる」は常用外(表外読み)となるため、公用文では使用できません。
この基本ルールさえ押さえておけば、漢字テストや上司への報告書で減点されることはなくなります。
しかし、小説やエッセイ、親しい人への手紙など、表現の自由度が高い場面では「憶える」が効果的に使われることがあります。
「覚える」が持つ3つの意味と広範な使い方
普段何気なく使っている「覚える」ですが、実は大きく分けて3つの意味をカバーしている万能な言葉です。
それぞれ具体的なシチュエーションで確認してみましょう。
1つ目は「記憶する(暗記する)」という意味です。
英単語を覚える、人の顔を覚えるといった、脳に情報をインプットする行為を指します。
最も一般的な使い方であり、後述する「憶える」と重なる部分でもあります。
2つ目は「習得する(身につける)」という意味です。
仕事を覚える、自転車の乗り方を覚える、コツを覚えるといった、体や経験を通して技術をマスターする場合に使われます。
この「体得する」というニュアンスの場合、「憶える」は使われません。
3つ目は「感じる(知覚する)」という意味です。
寒気を覚える、違和感を覚える、愛着を覚えるなど、感覚器や心で何かを感じ取る場合です。
この用法も「覚える」の独壇場であり、他の漢字で代用することはできません。
このように「覚える」は、頭・体・心のすべてのアクションに対応できる非常に守備範囲の広い言葉といえます。
参考:常用漢字表(文化庁)
「憶える」に込められたニュアンスと文学的表現
常用外の読み方であるにもかかわらず、なぜ「憶える」という表記が存在し続けているのでしょうか。
それは、「憶」という漢字が持つ独特のニュアンスに理由があります。
「憶」はりっしんべん(心)が付いていることからも分かる通り、人の心や感情に深く関わる漢字です。
「追憶」や「記憶」という熟語に使われているように、単なるデータとしての記録ではなく、過去を懐かしむ、心に深く刻み込まれているという意味合いが強くなります。
例えば、「故郷の風景を憶えている」と書くと、単に風景の映像が脳内にあるだけでなく、その時の懐かしさや切なさといった感情まで含んでいるように読者に伝わります。
「彼の手の温もりを憶えている」といった表現も、小説などではよく見られる使い方です。
機能的な記憶ではなく、情緒的な思い出を表現したいとき、あえて「憶える」を使うことで文章に深みを持たせることができます。
ただし、前述の通り公的な場では不適切とされることが多いため、TPOに合わせた使い分けが必要です。
【一覧表】覚える・憶えるの使い分けとNG例
ここでは、具体的なシーン別にどちらの漢字を使うべきかを整理しました。
迷った際は、この表を基準に判断してみてください。
| 使用シーン | 例文 | 推奨される漢字 |
|---|---|---|
| 勉強・暗記(一般的) | 英単語をおぼえる | 覚える |
| 技術の習得 | ピアノをおぼえる | 覚える(習得) |
| 感覚・知覚 | 空腹をおぼえる | 覚える(感じる) |
| 感情的な記憶 | 母の声をおぼえている | 憶える ※覚えるでも可 |
| 公的書類・テスト | 重要事項をおぼえる | 覚える(一択) |
表を見ていただくと分かる通り、「憶える」が使えるのは「感情的な記憶」の場面のみに限られます。
それ以外(技術の習得や感覚)で「憶える」を使ってしまうと、誤字や誤用とみなされる可能性が高いため注意しましょう。
特に「寒気を憶える」や「仕事を憶える」という書き方は、漢字の意味から考えても不自然です。
習得や感覚に関しては、感情の入り込む余地があったとしても「覚える」で統一するのが文章作法として美しいとされています。
まとめ
「覚える」と「憶える」の使い分けについて解説しました。
最後に重要なポイントを振り返っておきましょう。
- 基本は「覚える」: 常用漢字であり、記憶・習得・感覚のすべてに対応できる万能な表記。公用文やビジネスではこれ一択。
- 例外の「憶える」: 常用外の読み方。心に残る深い思い出や、感情的な記憶を強調したい文学的な表現でのみ使用する。
- 使い分けのコツ: 「体で覚える(習得)」「肌で覚える(感覚)」は必ず「覚える」。過去を「懐かしむ」ニュアンスがあれば「憶える」も検討可。
日常的なやり取りやビジネスシーンでは、迷わず「覚える」を使ってください。
その上で、手紙や創作活動などで情緒豊かな表現をしたいときに、スパイスとして「憶える」を使ってみてはいかがでしょうか。
言葉の選び方一つで、あなたの文章の「温度」が読み手に伝わるはずです。

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