「何度も説明しているのに、なぜか伝わらない」
「同じ日本語を話しているはずなのに、会話が平行線になる」
職場の同僚やパートナーに対して、このようなストレスを感じたことはありませんか?
相手の理解力を疑いたくなる場面ですが、実は「話が通じない」原因の多くは、相手の能力ではなく「言葉の前提(コンテキスト)のズレ」にあります。
この記事では、「会話が噛み合わない」と感じる心理的なメカニズムと、その解決策を言葉の視点から解説します。
「自分が悪いのか、相手がおかしいのか」と悩む前に、言葉の構造を見直すだけで、コミュニケーションの疲れは驚くほど軽減されますよ。
会話が噛み合わないのは「言葉の定義」が共有されていないから
なぜ、普通に会話をしているつもりなのに「話が通じない」という現象が起きるのでしょうか。
最大の理由は、私たちが無意識に使っている「言葉」の中に、自分だけの「隠れた前提」が含まれているからです。
私たちは会話をするとき、頭の中にある膨大な情報(背景、感情、事実)をすべて言葉にしているわけではありません。
「これくらい言わなくてもわかるだろう」と情報を省略し、圧縮して相手に投げかけています。
しかし、受け取る相手には、その省略された「背景」が見えていません。
その結果、同じ単語を聞いても、お互いに全く異なる映像を脳内で再生してしまうのです。
「普通」「早めに」はトラブルの元
特に会話のズレを生みやすいのが、程度や基準を表す言葉です。
これらは個人の経験則や価値観に大きく依存するため、定義のすり合わせなしに使うと事故の元になります。
よくある認識のズレを、以下の表で比較してみましょう。
| 言葉(きっかけ) | 話し手の意図(送信イメージ) | 聞き手の解釈(受信イメージ) | 結果 |
|---|---|---|---|
| 「早めにやっておいて」 | 今日の夕方(17時)までには欲しい。 | 明日の朝一くらいで大丈夫だろう。 | 期限切れ |
| 「適当に片付けて」 | 書類を種類別にファイリングしてほしい。 | 机の上の物をとりあえず箱に詰めればOK。 | 後で怒られる |
| 「普通はこうするよね」 | (私の育った環境や今の常職では)これが常識。 | それはあなたのルールでしょ? | 反発を招く |
このように、言葉自体は簡単でも、その言葉が指し示す「範囲」や「深度」がズレていることがほとんどです。
相手が話を理解できないのではなく、「辞書(定義)が違う相手と話している」と捉えるのが正解と言えるでしょう。
心理学で読み解く「話が通じない」理由とバイアス
言葉の定義だけでなく、人間の脳に備わっている「認知バイアス(思い込み)」も、会話を妨げる大きな要因です。
ここでは、代表的な2つの心理的要因を紹介します。
「なぜわかってくれないんだ」とイライラしたとき、私たちの脳内では次のような現象が起きている可能性があります。
知識の呪縛(Curse of Knowledge)
これは、「自分が知っていることは、相手も知っているはずだ」と無意識に思い込んでしまう心理現象です。
一度何かを知ってしまうと、それを「知らない状態」で考えることが極めて難しくなります。
専門用語を多用して説明してしまうエンジニアや、家事の手順を細かく言わずに不機嫌になるパートナーなどは、典型的な「知識の呪縛」にかかっている状態です。
相手の知識レベルや背景情報を無視して、自分のレベルでボールを投げてしまっているため、相手はボールを受け取ることができません。
確証バイアスによる「決めつけ」
「この人は話が通じない人だ」というレッテルを一度貼ってしまうと、確証バイアスが働きます。
確証バイアスとは、自分の考え(仮説)に合う情報ばかりを集め、反証する情報を無視してしまう傾向のことです。
たとえ相手が歩み寄ろうとしていても、
「ほら、また変な返答をした」
「やっぱり理解していない」
と、自分のネガティブな評価を補強する部分ばかりが目についてしまいます。
こうなると、会話の内容以前に「関係性の問題」に発展してしまい、修復が難しくなります。
「話が通じない」と感じたら、まずは「相手が悪いのではなく、送信方法のエラーかもしれない」と、矢印を自分に向けてみることも一つの戦略です。
抽象度のレベル合わせが会話をスムーズにする
会話が噛み合わないもう一つの大きな要因に、「抽象度の不一致」があります。
これは、カメラの「ズームイン」と「ズームアウト」の関係に似ています。
片方が「具体的な手段(How)」の話をしているのに、もう片方が「全体的な目的(Why)」の話をしていると、会話は平行線をたどります。
ビジネスシーンでのズレ:具体と抽象
例えば、会社での会議を想像してみてください。
- Aさん(具体派):「この資料のフォントサイズと、画像の配置をどう修正すればいいですか?」
- Bさん(抽象派):「もっとユーザーにインパクトを与えるような、革新的なデザインにしてほしいんだよ」
この会話は、永遠に噛み合いません。Aさんは「作業指示」を求めているのに対し、Bさんは「コンセプト」を伝えているからです。
日常生活でのズレ:目的と手段
家庭内でも同じことが起きます。
- 夫(具体派):「今日の夕飯、何が食べたい?(メニューを決めてほしい)」
- 妻(抽象派):「最近疲れてるから、元気が出るものがいいな。(目的を共有したい)」
夫は「カレーかパスタか」という具体的な答えを待っていますが、妻は「疲労回復」という抽象的なニーズを伝えています。
ここで夫が「じゃあラーメンでいい?」と返すと、「元気が出るものって言ったじゃない!」と喧嘩になりかねません。
解決策:レベルを確認する
これらのズレを解消するには、翻訳が必要です。
- ビジネスなら:「革新的というのは(抽象)、具体的に言うと他社の〇〇のような色使いのことですか?(具体)」
- 家庭なら:「元気が出るものってことは(抽象)、さっぱりした和食より、お肉とかガッツリ系がいいってこと?(具体)」
このように、抽象的な言葉を具体的な言葉に翻訳(またはその逆)して確認することで、ピントが合い始めます。
話が通じないときは、「今、どの高さ(レベル)で話しているか」を確認してみてください。
まとめ:ストレスを減らすために「翻訳機」になろう
「話が通じない」という悩みは、相手の人格を否定したくなった時にピークに達します。
しかし、ここまで見てきたように、原因の多くは「言葉の定義」「前提知識」「抽象度」の不一致という、技術的なエラーに過ぎません。
最後に、会話を噛み合わせるためのポイントを整理します。
- 形容詞や副詞(早い、普通、ちゃんと)を数字や事実に置き換える。
- 「言わなくてもわかるはず」という期待(知識の呪縛)を手放す。
- 相手が「具体的」な話を好むか、「抽象的」な話を好むかを見極める。
他人の性格を変えることはできませんが、自分が発する言葉の選び方を変えることは、今すぐにでもできます。
「どうせ通じない」と諦める前に、少しだけ言葉の解像度を上げてみてください。
それだけで、会話のストレスは驚くほど軽くなるはずです。

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