お盆や法事でよく読まれる『仏説阿弥陀経(阿弥陀経)』。その中で、お釈迦様が何度も「舎利弗(しゃりほつ)」と呼びかけるシーンが印象に残っている方も多いのではないでしょうか。
「舎利弗」とは、特定の呪文や道具のことではありません。実はお釈迦様の弟子の名前であり、実在した人物なのです。
本記事では、舎利弗の読み方や意味といった基礎知識から、なぜ彼がお経の「聞き手」として選ばれたのか、その意外な理由について解説します。「智慧第一(ちえだいいち)」と呼ばれた天才弟子のエピソードを知れば、次にお経を聞く時、その内容がより深く心に響くはずです。
それでは、仏教界のトップエリート・舎利弗の横顔に迫っていきましょう。
舎利弗(しゃりほつ)とは?読み方と意味を解説
仏教のお経、特に浄土真宗などで読まれる『仏説阿弥陀経』には、聞き慣れない言葉がたくさん出てきます。その代表格が「舎利弗」です。
まずは基本的な読み方と、その言葉の成り立ちについて整理しましょう。
読み方は「しゃりほつ」元はサンスクリット語
「舎利弗」は、「しゃりほつ」と読みます。
これは、古代インドの言葉であるサンスクリット語の「シャーリプトラ(Śāriputra)」、あるいはパーリ語の「サーリプッタ(Sāriputta)」に、漢字の音を当てはめたものです。
お経はもともとインドの言葉で説かれましたが、それが中国に伝わった際、翻訳者たちが近い発音の漢字を当てて翻訳しました。これを「音写(おんしゃ)」と呼びます。現代でいうところの「コーヒー」を「珈琲」と書く感覚に近いでしょう。
名前の意味は「舎利さんの息子」
漢字の字面だけを見ると難しそうに見えますが、名前の意味はとてもシンプルです。
「シャーリ(舎利)」はお母さんの名前で、「プトラ(弗)」は息子という意味があります。つまり、舎利弗とは「シャーリさんの息子さん」という意味なのです。
ちなみに、お母さんの名前である「シャーリ」は、インドに生息する鳥の名前に由来しています。
どのような鳥かは諸説ありますが、漢訳では「鶖鷺(しゅうろ)」というサギの仲間とされるほか、「九官鳥(マイナ鳥)」の仲間であるという説も有力です。
九官鳥は目が美しく、人の言葉を話す賢い鳥です。お母さんがその鳥のように美しく鋭い瞳を持ち、弁舌さわやかで聡明な女性であったことから名付けられたと言われています。
釈迦の十大弟子「智慧第一」としての実力
舎利弗は、単なる「お経の登場人物」ではありません。お釈迦様には多くの弟子がいましたが、その中でも特に優れた10人の高弟を「十大弟子(じゅうだいでし)」と呼びます。舎利弗はその筆頭格です。
誰よりも教えを理解したトップエリート
彼は「智慧第一(ちえだいいち)」と称賛されていました。
これは、お釈迦様の教えを誰よりも深く正しく理解し、またそれを他者に分かりやすく説く能力に長けていたことを意味します。
教団内での信頼も厚く、お釈迦様が不在の時には代わりに説法を任されることもありました。言わば、仏教教団における「学級委員長」や「右腕」のような存在だったのです。
もともとは別の思想家の元で修行をしていましたが、お釈迦様の弟子と出会い、その教えの深さに衝撃を受けて入門しました。その際、友人の目連(もくれん)や、以前の師匠の元にいた弟子たち250人を引き連れてお釈迦様の元へ来たという逸話も残っています。
『仏説阿弥陀経』に何度も名前が出る理由
法事などで『仏説阿弥陀経』を聞いていると、「シャーリホーツ(舎利弗)」というフレーズが何度も繰り返されることに気づくでしょう。数えてみると、なんと30回以上も呼びかけられています。
なぜお釈迦様は、他の弟子ではなく舎利弗を指名して、このお経を説かれたのでしょうか。
「一番賢い彼でさえ分からない」という逆説
『仏説阿弥陀経』は、極楽浄土や阿弥陀如来(あみだにょらい)という仏様について説かれたお経です。
このお経の面白いところは、お釈迦様が一方的に話し続け、聞き手である舎利弗が一言も発しない(質問や応答をしない)点にあります。
通常、お弟子さんたちは分からないことがあれば質問をします。しかし、阿弥陀経の内容は、人間の常識や知恵をはるかに超えた「仏の世界」の話でした。
これには、「智慧第一である舎利弗でさえ、自分の頭では理解が及ばず、黙って聞くしかなかった」という意味が込められています。
最も賢い彼でさえ質問できないほど深遠な教えだからこそ、私たち凡夫(普通の人間)は、あれこれ理屈をこねずに素直に信じて聞くことが大切だ、とお経は伝えているのです。
後半の呼びかけに込められた意味
お経の後半で、お釈迦様は「舎利弗よ、なぜあの仏様を阿弥陀と呼ぶのか、お前はどう思うか?」と問いかけます。
しかし、これに対しても舎利弗は答えることができません。沈黙する彼に対し、お釈迦様自らが「阿弥陀仏の光と寿命には限りがないからだ」と答えを明かします。
人間の知恵(計算や論理)には限界があります。
「自分は賢い」と思っている人ほど、自分の知識の枠内で物事を判断しがちです。あえて一番賢い舎利弗を相手に選ぶことで、「人間の知恵では計り知れない広大な慈悲の世界がある」ということを、逆説的に強調していると言えるでしょう。
舎利弗と目連(もくれん)の深い関係
舎利弗を語る上で欠かせないのが、生涯の親友でありライバルでもあった「目連(もくれん)」の存在です。
二人は幼馴染であり、共に出家し、共に教団を支えた「仏教界の最強コンビ」として知られています。
それぞれの特徴を分かりやすく比較表にまとめました。
| 名前 | 称号 | 特徴・役割 |
|---|---|---|
| 舎利弗(しゃりほつ) | 智慧第一 (ちえだいいち) | 論理的で教えを説くのが上手。 教団の指導者的存在。 |
| 目連(もくれん) | 神通第一 (じんづうだいいち) | 不思議な力(超能力)が使える。 行動力があり、霊的な世界にも通じる。 |
智慧と神通力のバランス
舎利弗が「理論・知性」の象徴だとすれば、目連は「実践・行動」の象徴です。
お釈迦様の教団は、この二人が車の両輪のように機能することで大きく発展しました。
興味深いことに、この二人はお釈迦様よりも早くに亡くなってしまいます。
二人の死を知ったお釈迦様は「私の集団は、あまりにも空虚になってしまった」と深く嘆いたと伝えられています。それほどまでに、彼らの存在は大きかったのです。
般若心経にも登場する「舎利子」との違い
もっと身近なお経である『般若心経(はんにゃしんぎょう)』にも、「舎利子(しゃりし)」という名前が出てきます。
「舎利弗」と「舎利子」。漢字は違いますが、実はこれ、全くの同一人物です。
翻訳の違いによる呼び名の変化
先ほど説明した通り、「プトラ」は「息子(子)」という意味です。
中国で翻訳された時代や翻訳者の違いによって、表記が以下のように分かれました。
- 旧訳(くやく): 「舎利弗」と音写した。(鳩摩羅什などが採用)
- 新訳(しんやく): 「舎利子」と、意味を取って翻訳した。(玄奘三蔵などが採用)
『仏説阿弥陀経』は古い時代の翻訳が定着しているため「舎利弗」、『般若心経』は新しい時代の翻訳が使われているため「舎利子」となっています。
どちらのお経でも、彼は「智慧の代表」として登場します。
しかし『般若心経』では、観音様(観自在菩薩)から「舎利子よ、色(物質)と空(実体がないこと)は同じなのだよ」と教えを説かれる立場にあります。ここでもやはり、最高の知恵者である彼が聞き役になることで、教えの深さを際立たせているのです。
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まとめ
「舎利弗(しゃりほつ)」は、単なる難しい漢字の羅列ではなく、お釈迦様が最も信頼を置いた実在の弟子でした。
最後に、今回のポイントを振り返ります。
- 読み方は「しゃりほつ」、意味は「舎利さんの息子」。
- お釈迦様の十大弟子の一人で、「智慧第一」と呼ばれる天才。
- 『阿弥陀経』で何度も名前が出るのは、天才の彼でさえ理解できないほど、仏の世界が奥深いことを示すため。
- 『般若心経』に出てくる「舎利子」も同一人物。
次に法事やお参りの機会に「舎利弗」という言葉を聞いたら、「ああ、あの賢いお弟子さんに語りかけているんだな」と思い出してみてください。
そうすることで、今までただの「音」だったお経が、あなたに向けられた大切なメッセージとして聞こえてくるかもしれません。

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