実は「ジプシー」という言葉、現在では差別用語として使用を避けるべきだとされています。この記事では、なぜジプシーが差別用語とされるのか、その歴史的背景から言い換え表現まで、分かりやすく解説します。
言葉の背景を知ることで、より適切な表現を選べるようになりますよ。
なぜ「ジプシー」という言葉が差別用語とされているのか
結論から言うと、「ジプシー」が差別用語とされるのは、特定の民族に対する誤解から生まれた呼称であり、長い差別の歴史と深く結びついているためです。
この言葉は、当事者である民族の人々が自ら名乗ったものではなく、外部の人間がつけた蔑称(べっしょう)としての側面が強いのですね。
具体的に、どのような背景があるのか見ていきましょう。
由来は「エジプトから来た人」という大きな誤解
「ジプシー(Gypsy)」という言葉の語源は、「エジプシャン(Egyptian)」、つまり「エジプト人」です。
15世紀頃にヨーロッパに現れた彼らを見て、当時のヨーロッパの人々が「エジプトから来たのだろう」と誤解したことから、そう呼ばれるようになりました。
しかし、実際の彼らの起源はエジプトではなく、インド北西部にあると研究で明らかになっています。つまり、「ジプシー」という呼称は、そもそもが事実に基づかない、大きな誤解から生まれた言葉なのです。
迫害と差別の長い歴史が刻まれた言葉
さらに深刻なのは、この言葉が単なる誤解だけでなく、数世紀にわたる迫害の歴史と強く結びついている点です。
ヨーロッパの歴史において、彼らは土地を持たず移動生活を送ることから、不当な差別や迫害の対象とされてきました。「犯罪者集団」「嘘つき」といったステレオタイプを押し付けられ、強制労働や虐殺の対象となった悲しい歴史もあります。
「ジプシー」という言葉には、こうした負のイメージや差別の記憶が染み付いているため、使用することで意図せずとも彼らを傷つけ、差別に加担してしまう可能性があるのです。
ただし、自己のアイデンティティとして使う人々も
一方で、この問題は非常に複雑な側面も持っています。例えばイギリスなど一部の地域では、歴史的な背景から自らのアイデンティティとして「Gypsy」という言葉を、あえて肯定的に使用している人々も存在します。
しかし、これはあくまで限定的なケースであり、言葉の持つ世界的な差別と迫害の歴史を知らずに安易に使うことは、決して推奨されません。
「ジプシー」が差別用語と認識され始めたのはいつから?
では、この言葉が「差別用語だ」と広く認識されるようになったのは、いつ頃からなのでしょうか。
世界的な流れと、日本国内での認識の変化には少しタイムラグがあるようです。
1971年の世界ロマ会議が国際的な転機に
世界的に大きな転機となったのは、1971年にロンドンで開催された第1回世界ロマ会議です。
この会議で、彼らは自らの民族の尊厳と権利の確立を求め、「ジプシー」という外部から押し付けられた呼称ではなく、自分たちの言葉で「人間」を意味する「ロマ(Roma)」を正式な民族名として使用するよう国際社会に訴えかけました。
この活動が実を結び、国連や欧州評議会などの国際機関も「ロマ」を正式名称として採択。現在では、欧米の主要メディアや公的機関で「ジプシー」という言葉が使われることはほとんどありません。
参考:Roma in Europe: 11 things you always wanted to know but were afraid to ask(Amnesty International)
日本では2000年代以降にメディアが使用を自粛
一方、日本では欧米に比べて「ロマ」の人々と接する機会が少なく、言葉の背景にある差別問題への認識が広まるのが遅れました。
しかし、2000年代に入ると、グローバル化の進展とともに、海外の差別問題に関する情報も多く入ってくるようになります。
これを受け、NHKや大手新聞社などの主要なメディアが、自主的に「ジプシー」を差別用語や不適切な表現として扱うようになり、放送や記事での使用を避けるようになりました。この動きが、一般にも「ジプシーは使うべきではない言葉」という認識が広まる大きなきっかけとなったと言えるでしょう。
そういえば、初期のポケモン「赤・緑シリーズ(RGBP)」では「ジプシージャグラー」というトレーナー(NPC)が登場していましたが、今では「ジャグラー」という名称に変わっていますね。
※ジャグラー:ジャグリングを行う人のこと。曲芸師。ボールなどの小道具を使って細かい芸を見せる人。
「ジプシー」の言い換え表現まとめ
「ジプシー」という言葉が持つ問題点を理解したところで、具体的にどのような言葉に言い換えればよいのでしょうか。
指し示す対象によって適切な表現が異なりますので、ケース別に見ていきましょう。
民族を指す場合の正しい呼称
前述の通り、インド起源の移動型民族を指す場合は、「ロマ(Roma)」または「ロマニ(Romani)」を使用するのが最も適切です。
「ロマ」は民族全体を指す呼称として広く使われていますが、これは非常に多様なグループをまとめるための包括的な呼称(アンブレラ・ターム)である点も重要です。
実際には、シンティ(Sinti)やカレ(Kalé)、ローヴァラ(Lovara)、英国やアイルランドのトラベラーズ(Travellers)など、地域や言語、文化によって異なる多くのサブグループが存在します。彼らの多様性に敬意を払うことが大切ですね。
参考:Terminology(European Roma Rights Centre)
比喩的な表現の言い換え一覧
日本語では、「一か所にとどまらず、さまよう人」の比喩として「〇〇ジプシー」という使われ方をすることがあります。これも、言葉の背景を考えると使用は避けるべきです。
状況に応じて、以下のような表現に言い換えることができます。
元の表現 | 言い換え表現の例 | ニュアンス |
---|---|---|
ランチジプシー | ランチ難民、お昼ご飯のお店を探す人、日替わりでランチを楽しむ人 | 状況をより具体的に、かつ中立的に表現できます。 |
転職ジプシー | 転職を繰り返す人、ジョブホッパー、様々な職を経験する人 | 事実を客観的に示す表現になります。 |
買い物ジプシー | 買い物難民、お目当ての商品を探し回る人、どのお店で買うか迷う人 | 「難民」も強い言葉ですが、より状況に即しています。 |
※注意:「難民」という言葉は現時点で差別用語ではありませんが、本来は戦争や迫害により故郷を追われた人々を指す深刻な意味を持つ言葉です。日常的な不便さを表現する際に使用する場合は、その重みを理解した上で慎重に使うことが大切です。
このように、差別的な背景を持つ言葉を使わなくても、状況を的確に表現する方法はたくさんあります。少し意識して、言葉を選んでみましょう。
まとめ:言葉の背景を理解し、適切な表現を心がけよう
この記事では、「ジプシー」という言葉がなぜ差別用語とされるのか、その背景や言い換え表現について解説しました。
- 「ジプシー」はエジプト人と誤解されたことに由来する蔑称
- 数世紀にわたる差別の歴史が刻まれている
- 民族の正式な呼称は「ロマ」だが、その中にも多様なグループが存在する
- 比喩的な使い方も避け、「ランチ難民」などに言い換える手もあり
何気なく使っている言葉が、誰かを傷つける可能性を秘めているかもしれません。言葉一つひとりの背景に思いを馳せ、誰もが心地よく過ごせる社会を目指していきたいですね。
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